「怒り」を表現する
私の人生に
アートは必要不可欠だ。
絵、音楽、文章
料理、ダンス、そのほか諸々
何かをゼロから
自分の手で生み出すってこと
すごく好きで、好きで
この時間がないと
私は私でいられない。
自分をアーティスト
なんていうと何だかものすごく
こそばゆいというか恥ずかしい
感じがするから
そういう言い方は
したくないんだけど
でも
なんらかしら
作り手として生きていきたい
でね。
私がなんで
物を作りたい、表現したいのか
ってここ最近ずっと考えてたの。
別に
何も作らなくたって
幸せに生きることはできるじゃない?
なら、なんでわざわざ
アート活動をしたいと思うのかなって。
私の場合はね
私が自分でたどり着いた
自分の答えは
自分の中に内在する
「怒り」を表現したかった
っていうこと。
怒りって
なんかすごく強くて怖くて
狂気的で支配的で...って
そういうイメージあるけど
そういうことじゃなくてね。
私の中にある沸々と
溜まった怒りのようなものを
アートに切り替えて
本当に心から
伝えたいことを発信することで
ものすごく気持ちが昇華されるの。
私に出会ったことがある人
私と仲良くしてくれる人は
なんとなく感じてもらうことが
あるかもしれないけど
私、変に気を使う人なのね。
気を使って、いろんな人が
居心地の良い環境を作れるように
絶えず気を張ってるところがあって
それは遠慮とか嫌われるとか
そういうマイナス要素が作用して
無理してやってるんじゃなくて
自分が気を回すことで
誰かが喜んでくれたり
誰かがなんかホッとしたり
そういうことが私にとって
ある種、自己肯定感のようなものを
生み出してくれるから
それも好きで
やってることなの
でもそれが当たり前になると
自分の心の中の本当の声って
なかなか聴けなくなってくる
本当は嫌だって思ってること
本当はムカつくって思ってること
本当は悔しいって思ってること
そういう負の感情の行き場がなくなるの
それをただ、アートとして
どうやって発散しようかなって思って
そういう自分の尖った部分を
何かに変えて作ることで
本当は誰にも言えないことを
誰も傷つけない形で
発散させているんだと思う
だから
私は私でいられるんだよね。
今までは細々とやってきていたこと。
誰かに見られたくないと思って
やってきていたことなんだけど
できるなら
自分のこういう側面も
ちゃんと発信していって
ちゃんと形にしてあげたいなと
自分のためにね。
そう思うようになってきた。
そしたら今以上に
自分に自信が
持てるんじゃないかしらね。
私がアート活動をする理由は
心に内在する憤りを表現するため。
あなたは?
なんのために
何を表現をしていますか?
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