コロナという腐海の森


こんにちは、Sumiです。

緊急事態宣言、期間延長へと舵が切られましたね。


私、このコロナを前にずっと思っていたんです。

未曾有の事態なのに、どこか既視感があるなぁ、と。

なんだろうな、どこでだろうな。そう思ってすぐにハッと気づきました。


コロナというのは、腐海の森なんじゃないかと。


もちろん、ナウシカの世界では環境問題、コロナはパンデミックなので似て非なるものではあるのですが。でも、ナウシカの物語が、今や他人事とは思えないようななんとも言えぬ同じ空気を感じています。


なんというか、感覚的で申し分けないのですが世界規模であらゆるものがコロナによって淘汰されていく様が、まさに腐海の毒によって淘汰されていく情景と重なって映るのです。もう、人の手では手に負えないものなのだという畏怖の念を抱いています。



水俣湾から生まれた腐海


そこで宮崎駿がどんな思いで当時、風の谷のナウシカを作ったのだろう。そう思ってちょっと調べてみると、後年のインタビューでルーツは「汚染された水俣湾」だとわかりました。


教科書で一度は目にしたことがあるでしょうか。そう、あの水俣病です。

環境汚染によって水銀を含んだ死の海と化した水俣湾。

もう二度と回復はしないと思われたあの水俣湾が、水銀を分解する新種のバクテリアによって数年後には回復をしていたのです。


その情景を目の当たりにした宮崎駿は自然の力に人間は敵わないと感動したそう。


風の谷のナウシカは、宮崎駿からの私たち未来を生きる人間に向けた警告とメッセージだったのかもしれません。コロナウィルスはまた環境汚染ではないので、テーマとして掲げるのは違うとは思いますが、ただ一度蔓延したウィルスを止めることはできないという点においては、どこか通づるものがあるのではないでしょうか。そして私たち人間は、この終息をただ見守ることしかできません。


医療の最先端で命の危険に晒されながら働く皆さまには本当に感謝をしていますし、私たち一人ひとりができる予防対策を行なった上で、身を委ねるという意味です。


淘汰されゆくものは、淘汰される。それは、きっと誰の手にも止められるようなものではないのですね。中小企業、大手企業どころか、もしかしたら日本という国そのものの尊厳が危ぶまれるような事態に陥る可能性もゼロではありません。


でも、それでもやっぱり生きるしかないのです。


生きる、それが全て


ナウシカとは別ですが、もののけ姫の作中に「生きてりゃ、なんとかなる」という言葉が出てきます。一度栄えた国が自然によって淘汰される様をみて、人は「もうおしまいだ、何もかも」と落胆する。しかし、その内の一人が「それでも生きるんだ。生きてりゃ、なんとかなる」とみんなを励ますシーンです。


ジブリ作品のなかで初めて、心から惹かれた映画がもののけ姫だったのですがその中でもとくにこのシーンのこのセリフは私の頭の中にこびりついて離れません。何かあるたびに反芻されます。


そして、今そのセリフが最も力強く発揮される時なのだろうとも。


失業する、家を失う、会社が倒産する。一所懸命に築き上げたものが、不測の事態で壊されていく。ちょっとやそっとのことであれば、自力でコントロールはできようものですが、ある程度までいくとそうもいかない場合がありますよね。


その「あ、もうダメだ」と思うボーダーラインって多分その当人にしか分からないと思います。でも、その「あ、もうダメだ」と思うことを恐れない勇気もまた必要なのかなと。


栄えたものはまた立て直せばいい。でも、今は今を生き抜くことが大事。



この淘汰は、世界規模の浄化?


腐海の森は、冒頭では「毒」そのものでしたね。でも、主人公であるナウシカは気づくのです。腐海は毒ではないと。腐海は、汚染された世界をゆっくりと時間をかけて自然治癒をしている。人間が汚したものを。それはかつて宮崎駿が見た水俣湾のように。


では、コロナウィルスは?コロナウィルスは環境汚染ではないけれど、私たちにとってまさに毒そのものです。それは病気による死をもたらし、経済的な死をもたらす未曾有の恐怖。


でも、この恐怖を耐え抜いて生きた後に待っているものは何でしょう。もしかしたら、腐海の森の後のように澄み渡った美しい世界なのかもしれません。もちろん、コロナが起こる前のあの平和な日々を惜しむ私たちもいる。コロナによって犠牲を伴ってしまった人もいる。大切な人を失った人からすれば、浄化だなんだと言っていられないはずです。


コロナを美化するつもりでもなんでもないのですが語弊を恐れずにいえば、コロナが終息したその後はきっと世界は一変していると思うのです。それはきっと、より良い方向へ。


コロナを機に、どんな働き方をすれば良いのか。何が必要で何が不必要か。昭和の負債と言われる社会通説や、古い制度は全てなくなると思うんです。例えば副業禁止とかね。


そして現代では一部の人だったテレワークが主流にもなったり、より24時間という時間を自分の思う通りに自由に作ることができるのではないでしょうか。それは一人ひとりの生活を豊かにするようなものだとも思えないでしょうか。




日本や一部の国で起こる打撃ではなく、世界を巻き起こす異常事態はそう起こることではありません。どうにも、起こるべくして起こったのではないかとちょっと思わざるを得ないような出来事。生きる力をつけて、アフターコロナによって一変した時代を歩む準備を自分の歩幅で行なっていきたいものですね。


にしたって、こんな状態でもナウシカのように慈悲深く、自己犠牲心を持って生きられたら良いのですが、、さすがに私にその器はありません。無念。

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